はじめに私が車椅子になった経緯をお話致します


 
高校まで剣道、大学でアメフトと運動部上がりで身長182cm体重90kg
体力的に自信があった私が、大学を卒業して仕事を任される様になった平成6年
出張に行っていた栃木での屋根改修現場にて8m下の工場内に転落。
落ちた所にフォークリフトが来て、左頭部に激突。
救急病院に搬送されました。
転落時から1週間程意識を失っていました。気がつくとベットの上です。
病院に搬送されてすぐに脳外科で左頭部の頭蓋骨の摘出手術。
1週間後に整形外科で背中の手術受けていました。

私自身、頭の手術が終われば退院できると思っていましたが、
外して消毒しておいた頭蓋骨の埋め戻し手術を行うも
術後頭の中から髄液が漏れ出し、結果手術は失敗。
 
再手術するには半年間期間を空けなければならない、
そして運ばれた病院は急性期の病院であるが故に
半年間も入院する事は出来きず転院を勧められました。
 
追い討ちを掛けて整形外科の担当医から「脊髄損傷」で
二度と歩けない、一生車椅子と宣告されて
自暴自棄に陥りました。
 
医師からの宣告後は病室で暴れました。
そして入院当初から付き添ってくれていた家内や看護師に
対してあたり散らしました。
 
私が生きる気力を失っていた時に転院先として
埼玉県所沢市にある国立リハビリテーションセンター
埼玉県上尾市にある県立リハビリテーションセンターがあげられ、
家内が紹介状とレントゲンの写しをもって行くも
頭の手術が残っている事で受け入れを断られ、
結果、出身地でもある福岡の九州労災病院に転院となりました。
 
転院しても頭の手術が残っている事と、障がいの受容が出来ない事で
リハビリにも集中出来ません。
私の心の中では「もうどうにでもなれ!!」と言う思いが強かったです。
 
そんな私を見て、家内が当時の主治医に相談をしました。
そして担当医から言われた事は
「今は足が動かないかも知れないが、医学の進歩で5年後、10年後に
歩ける様になるかも知れない。その時の為に車椅子を作って
リハビリをして歩ける準備をしておこうよ」と。
 
承知はしたものの、身障手帳を手にした時、又
自分の車椅子が出来た時はさすがにショックでした。
 
そうこうしている内に頭の再手術も無事に終わり、本格的なリハビリの開始となりました。
リハビリ発祥の地と言う事もあり、病院のリハビリ室には
手足が動かない人達等様々な障がいを持った人達が訓練を受けていました。
私もその人達からの励ましを受けてリハビリをしていました。
そして一連の訓練も終わり、埼玉に戻って来ました。
 
本来、退院となると嬉しい事ですが、私の場合、いや我々夫婦にとっては、
嬉しさより、これからの生活するにあたっての不安の方が強かったです。
そして実際に生活して行く度にその思いは現実的になってきました。
 
それは何故か?
 
*車椅子での生活の現実(トイレ等)
*マニュアル通りに施工されたもの(スロープ勾配・手摺の高さ等)は
  実際には使いづらい事が多く、我慢を強いられる生活
*情報不足(外出等)
*自分にあった福祉用具の選定
*複雑な行政制度の為活用方法がわからない
*どこに相談したらよいのか?
*他
家内共々苦汁の日々をおくってきました。
 
当然笑顔なんてありません。
 
この体験・経験を踏まえ、私達家族が味わった思いを
当事者・家族等が少しでも軽減できる様に
このHPで伝え、そして参考にしてもらいたいと思っております。
 
 
 
栗林福祉建築事務所
栗林 稔昌
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